【SF大考察】「インターステラー」なぜクーパーはブラックホールに落ちても無事だったのか?一般相対性理論が描く本当のSF世界へ突入する

 

「人間がブラックホールの中に入るとスパゲティみたいに細く引き伸ばされてしまう」どこぞの本でこのような記述を目にし、覚えていた人は今作「インターステラー」を観て不思議に思ったことだろう。「ブラックホールに突入したというのにスパゲッティになってないじゃないか!どういうことだ‥?」と思ったかもしれない。

実は僕が2014年に今作を観た際にも同じ疑問を持ったのである。当時まだ高校生だった僕は相対性理論のことは本やテレビで聞きかじった程度の知識しか持ち合わせていなかったため、心の底から「インターステラー」を楽しむことが叶わなかった。いやはや物理学者のキップ・ソーンが監修してるというだけあって作品の多くのシーンは実に科学的で、科学好き(特に物理好き)の連中にとっては「あ、ウラシマ効果!シュバルツシルト半径!4次元空間!」と持ち合わせてる専門知識との照合大会が行えるパラダイス映画だったといえよう。前提知識を持つ者達にある種の優越感のような気持ちを与えるという今作の特性は、作中で”説明”を滅多に行わないノーランの手によってさらに加速することとなった。

言いようによっては不親切な映画とも言えると思うが、何はともあれ作中のブラックホールについて少し考えてみよう。「インターステラー」で描かれたブラックホールへの突入について考える前にまずは一般相対性理論が描像するブラックホールを見ていく。面白いことに歴史的にブラックホールは観測データによってその存在を知ったのではなく、紙の上の計算で予めその存在が予言されていたのである。

インターステラーとブラックホール

“彼ら”が設けた土星側のワームホールを通って、そこで居住可能な新たな地球を探すというのがNASAが秘密裏に進めていたラザロ計画という計画であった。後に計画の全貌が明かされることとなるが、クーパー達が遂行するラザロ計画にはプランAとプランBの2つがある。プランAが理想的な計画というやつで、「巨大なスペースコロニーを使って、全人類を移住させる。これには重力方程式の解が必要で、そのためには特異点の観測データが必要」というものである。プランBは種の保存を優先させた計画で、「受精させた卵子を最適な星で人口培養させる」というものでクーパー達はこの裏の計画を聞かされていなかったが、これもラザロ計画の1つである。

旅立つ前に死を覚悟していたクーパーだったと思うが、まさかブラックホールに突っ込むとは思わなかっただろう。宇宙飛行士の誰もがそんなことまで想定していないと思うが、ブラックホールの特異点と事象の地平線という言葉をまず扱いたい。

ブラックホールというとときどき、無限大の質量を持っているものと誤解している人を見かけるが流石にそこまでの質量を持っているわけではない。人間にとって分かりやすいためにブラックホールの基準を太陽質量の○倍と表現することがあるが、10万倍だとかその程度である。もちろんブラックホールの大小によりその質量は変わる。ちなみに「インターステラー」に登場する超巨大ブラックホールのガルガンディアの質量は10万倍ではきかない、文字通り超巨大なブラックホールである。

 

特異点と事象の地平線

ブラックホールには『入口』が存在する。光さえ抜け出せないこの入口の領域内に入ってしまうと、絶対に戻ってくることは叶わない。この『入口』に対応するブラックホールの半径をシュバルツシルト半径と呼び、外から見ると真っ黒に見えるため、まるで地獄の入口である。シュバルツシルト半径は計算可能な量であり、一般相対論の数式を用いれば比較的簡単に導出することが出来るが、とりあえずここではシュバルツシルト半径の別名『事象の地平線』に触れておこう。竹内薫の『ペンローズのねじれた四次元』の『事象の地平線』の明確な定義を引用すると、

事象の地平線=無限の未来までかかっても見ることができない領域

といえる。要は光は勿論、全ての物質がそこから抜け出せないためにその領域内の事象は我々の時空の事象の連続物として観測出来ないということである。ここで特に明確にしておきたいのが、事象の地平線はブラックホールの特異点とは全く違うものであるということだ。特異点とは『大きさが0、温度無限大、圧力無限大の地点』を指すものなので、ブラックホールの『入口』ではない。むしろブラックホールの終着点といった方が正しいだろう。

なのでガルガンチュアのような超巨大ブラックホールであれば、シュバルツシルト半径に突入する際の重力(正確にいうと潮汐力)はほとんど無視できるレベルで小さい。事象の地平線に入ったからといって、すぐさま重力でぺしゃんこにされてしまうということはないのである。

潮汐力の説明は省くつもりだったがやっぱり説明しよう。慣性力というのを思い出してもらいたい。エレベーターに乗って下っているとき体は軽くなったように感じる。このときエレベーターに乗っている人から見て、人には下向きに重力が働き、上向きに慣性力が働く。この慣性力の大きさはエレベータの加速度の大きさによって変わるが、例えばスカイダイビングのときのようないわゆる自由落下の場合は、慣性力の大きさと重力の大きさが等しくなり、その人にとっては無重力状態となる。自由落下している人は景色が無ければ落ちているのか、浮かんでいるのか判定出来ない……という考え方は物理学的には非常に重要な考え方なのだが、ここではあまり関係がないので脱線しないようにしたい(と自分に戒めます…)

さて、人にかかる重力と慣性力がキャンセルするといったが厳密には二つの力の大きさは等しくないため打消しは起こらない。あくまで打ち消せるのは局所的な部分に限るからである。エレベーターに乗った人間が両手を広げたとき、手にかかる重力は地球が曲がっているため僅かに傾く。そのため上向きに働く慣性力との打消しは完全には起こらず、人間には少しばかり残った力が働くことになり、このような力を潮汐力と呼ぶ。

ブラックホールに突入する場合も同様で、クーパーにとって働く力は重力というより、潮汐力といった方が正しいというのは上でみたような理由である。つまりブラックホールに突入する際に次に問題になるのは、潮汐力が落下するクーパーにどのように働くかということである。

ブラックホールとクーパー

疑問①なぜクーパーがレインジャーを切り離すことでアメリアは脱出できたのか?


クーパーは宇宙船エンデュランスをガルガンチュアに接近させ、自分を乗せたレインジャーを切り離すことでアメリアを脱出させることに成功する。実はこのシーンにおいて脱出成功の鍵となった理由として、ブラックホールがカー・ブラックホールであったということが挙げられる。カー・ブラックホールとは簡単に言えば『回転しているブラックホール』である。カー・ブラックホールには事象の地平線の外側にエルゴ球と呼ばれる止まってはいられない領域が存在する。時空が猛烈に回転しているため、止まっていられない。台風のように渦を巻いてる領域である。この領域の時空の回転は確かに凄まじいが、あくまで事象の地平線外の領域なので脱出することが可能である。ただその脱出方法はかなりユニークなものとなるのだがつまるところそれがクーパーのやっていたことなのである。

やっていたことは実に単純なことで、エルゴ球を通過する宇宙船が”ゴミ”を捨てれば良い。放った”ゴミ”が事象の地平線を越えるように上手く投げると、宇宙船は元々持っていたエネルギーよりもさらに大きなエネルギーを持つことが出来るようになる。この回転したブラックホールからエネルギーを取り出す作業はペンローズ過程呼ばれ、理論上ゴミ問題を恒久的に解決するものだと言われている。そのため捨てるものを”ゴミ”と言ったが、要はエルゴ球にはこのような不思議な性質があるため、クーパーの脱出は理論上可能と言えるのである。

疑問②なぜクーパーはブラックホールに突入しても無事だったのか?


最大の疑問にぶつかってみよう。クーパーが突入することになったブラックホールはカー・ブラックホールという種類のもので、エルゴ球という不思議な領域が存在するものであった。さて、まだ議論が途中になっていた潮汐力の話に少し戻りたい。潮の満ち引きに関係する月からの潮汐力は微々たるものだが、流石にブラックホールともなると突入する際の潮汐力も無視できたものではない。しかしブラックホールがガルガンチュアのような巨大なブラックホールであれば、事象の地平線に差し掛かったところでもその潮汐力は大したことがない。

一度事象の地平線に侵入した物体は特異点に真っ逆さまに落ちていく。先にも言った通り、光でもそこから抜け出せないわけだから死のカウントダウンは始まっているのである。

宇宙船がブラックホールの潮汐力によりバラバラに壊されてしまうような地点を仮に潮汐限界とよぶことにしよう。この潮汐限界は小さいブラックホールだと事象の地平線付近で宇宙船をぺしゃんこにする程十分に大きくなるが、ブラックホールが巨大であればその潮汐限界点は事象の地平線を越えたーーさらに深い部分に現れることになる。これはブラックホールが巨大になると事象の地平線にさしかかったところであっても、中心から十分に離れているためその寄与は小さくなるという効果が生じるからである。ブラックホールの質量は増大するがそれ以上に中止からの距離が大きくなるため、結果としてクーパーを引き裂くような力が働くのは大分後の話になってくれるのである。

しかしここで大胆なことを言おう。本当に事象の地平線を越えているんだろうか?

ここまできて、クーパーは実は事象の地平線を越えていなかったというのは面白い話だが、事象の地平線を越えずとも特異点に達する方法はある。そう、地平線に隠されていない特異点、“裸の特異点”が存在するのである。

反ド・ジッター空間と裸の特異点

ブラックホールに突入したクーパーらは最終的に”彼ら”が作った四次元超立体テサラクトに辿り着く。そこでは過去、現在、未来が同一時空上に存在し、クーパーは時間軸を自由に横断することが出来るようになる。

つまり達したテサラクトというのはガルガンチュアの裸の特異点である。裸の特異点に”彼ら”はテサラクトを隠し、クーパーをそこへ呼び寄せたのである。特異点が剥き出しになった構造だったゆえに重力波でのマーフとの交信が可能といえるし、特異点データを送信することが可能だったといえよう。

さて、最後に少しだけ加えたい。5次元空間上に存在する環状ブラックホールで裸の特異点が形成されることはシミュレーション上明らかになっているが、クーパーが侵入したテサラクトのような4次元時空上に裸の特異点が観測されるためにはある条件が必要となる。それは時空の曲率が負である時空、宇宙が反ド・ジッター空間である必要がある。要は現在我々が暮らしている宇宙とは少し異なる空間上の性質を持ち合わせている必要があるということである。あくまでこれは僕の仮説に過ぎないが、”彼ら”が用意したワームホールは我々のド・ジッター宇宙から反ド・ジッターに移るための入口だったのではないだろうか?5次元の生命体にとって時空を横断するのは簡単なことだが、我々のような低次元生命体にはそれが難しい。このワームホールによる変換は”彼ら”なりの親切心だったのだはないだろうか。

ここまでの議論をまとめよう。クーパー達は”彼ら”が用意したワームホールを通って、気づかぬうちにド・ジッター空間から反ド・ジッター空間へ移ることに成功する。そしてガルガンチュアという巨大ブラックホールに吸い込まれ、潮汐限界点に当たることなく裸の特異点に到達し、”彼ら”が創造した4次元超立体テサラクトに辿り着く。重力波を利用して娘との交信を行い、ウラシマ効果を乗り越え、「インターステラー」は終演に向かう。

「インターステラー」は文字通り時空を越えた映画なのである。

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