【ドリーム考察】オイラー法は実際に使われたのか?

{427682FF-D2AA-4855-A35E-CCF8E9A89CE8}

 

ドリーム/Hidden Figures
 
「Hidden Figures (原題)」は米国では2016年に既に公開されていたが、とにかく日本での公開日決定はいつになっても決まらず、劇場で観ることを楽しみにしていた僕にとっては大問題であった。日本公開が遅れた訳は明白で、今作はアメリカの黒人差別という暗い歴史やその当時の冷戦問題を土台にしたプロットゆえに日本での興行収入が回収できるかが懸念されたからだろう。ありていに言えばはたして日本人にウケるのかという問題が公開を遅らせたというわけだ。
実際に日本人にウケたのかどうかは知るところではないが、ともあれ公開が決定し安心しきっていたところにいつもの邦題問題が降りかかってきた。「Hidden Figures (原題)」というタイトルはなかなかセンス溢れる実に上手いタイトルだ。だってHiddenは「隠された〜」で、Figuresは「姿」、「数字(数式)」というダブルの意味合いが込められてるわけだから説明の必要がないほどにお洒落だ。
上手いこと邦題でもこんなようなセンスのあるタイトルを絞り出して欲しかったけれども蓋を開けてみれば当初のタイトルは「ドリーム 私たちのアポロ計画」というお粗末パラダイスのタイトルだからもうねいやマーキュリー計画だろ、とつっこむ気力も削いでくるような邦題だった。だってもしマッド・デイモン主演の「オデッセイ」が「オデッセイ 私たちのアポロ計画」だったらと想像してみて欲しい。
邦題は結局「ドリーム」に変更されたから良しとして、作中で描かれた不条理な黒人差別を乗り越え自らの才能が正当に評価されるように奮闘する3人の女性らを見てともすればよく頑張った!٩(๑`^´๑)۶と思ってしまうところだがそれで今作の感想を終わらせてしまうのはちょっと待ったと言いたいところだ。
勿論よく頑張ったのは事実だし共感を呼ぶことは確かだが、彼女らが乗り越えた差別の壁というのは我々人類が作ってしまった壁だということを忘れてはいけない。今作に対する我々の姿勢はエベレストの屈強な天候にも負けず頂上を目指す人を応援する心情に似ているが、乗り越える対象が我々と関係の無いものとして見てはいけないという点において大きく異なる。
{88A4125E-819F-468A-AE04-4915C63AF83D}

今作はその点を喝破している。作中、キルステン・ダンスト演じる疲れ切った管理役の上司がトイレでドロシー(オクタヴィア・スペンサー)と話す印象的なシーンがあった。ちょっとした話を終えてキルステン・ダンストがこう切り出す。「私はあなた達に偏見の目は持ってないわ」と。細かいセリフは覚えてないがそこでドロシーは「分かってるわ。あなたがそう信じていることは。」とズバッと言うわけだ。これには観ている我々もドキッとしたはずでこのシーンひとつが今作の主張そのものなのだ。

肌の色が違うから、人種が違うからだとかそんな理由で差別を行う大半の人間は一部の扇動的な差別の下、無意識的に行っているのかもしれない。自分は差別をしていない、皆がそうしているから同じようにしているだけだという態度そのものが差別なのだという作品からのメッセージを受け止めることが出来ただろうか?
そしてその非合理的な差別は真に才能のある者を埋もれさせ人類に多大な不利益を被ることにもなる。ただの感動物語じゃないことは明白だ。
【オイラー法ってなに?本当に使われたの?】
{FA0B0DD9-F40C-4CAD-B874-92E5BDF4CFD2}
ちょっとここらで理系としての僕なりの視点を加えよう。レオンハルト・オイラー(1707 – 1783年)は物理界、数学界では超有名な数学者でどの数学の本にも名前が載っているくらいで物理数学界の新垣結衣みたいな存在だ。僕ら理系は新垣結衣という名前より圧倒的にオイラーの名前を書いてきた悲しい存在で僕の友達にはガッキーよりオイラーの方が可愛いと言ってる頭のネジがぶっ飛んでるやつもいる(実話だ)。そんな理系に愛されているオイラーのおっちゃんの名は今作で”オイラー法”として登場する。
{C78D0ED1-F5CD-4AAE-9BBF-4632E1A1B581}

宇宙船及び飛行士の回収ポイントを計算で出すために皆頭を悩ませていたところ、ジョンソンがハッと閃き、ジム・パーソンズ演じる嫌味な仏頂面の先輩役ポールに「オイラー法‥オイラー法だ!!」というシーンがあったのを覚えているだろうか。ちょっと覚えてないよという人はもう一度観に行くか病院に行くことを勧める。

そしたらポールが「That’s ancient.(そんなの古代の手法だ)」と返したが、ジョンソンはいやそれでも上手くいくんだと計算を進め答えに辿り着いたわけだった。その後はわりと話は淡々に進んでいき特にオイラー法に関する説明はなかった。

字幕はついていないが実際のシーンはこれだ。ジム・パーソンズはほんとに理系の役が似合うね。今回は嫌味のベクトルが違うけど。
 
さて、ちょっとここで考えてみよう。このシーンの雰囲気からも分かるようにオイラー法という方法はかなり重要な働きをしたようだ。この話は実話になぞられているとされているが実際にジョンソンは今作にあるようにオイラー法を使用したのだろうか?そしてさっきからオイラー法そもそも全てを解く鍵となったオイラー法とはなんなのか?
 
普通なら流してしまうシーンだが、立ち止まって考えてみよう。ほとんど数学を用いずにオイラー法を解説するのはかなり大変だがこの先は数学の力云々よりも論理力の問題なので鼻くそをほじる手を抜いて集中して欲しい。
【微分方程式とは何だろう?】
{3B9D0E1D-45A2-4B02-8BCF-4FDAF715D41E}

オイラー法の解説の前に微分方程式という言葉を確認する必要がある。専門分野の話なので話が少々長いけどごめんね☆しかしきちんと最後は今作に繋がる!


身の周りの自然界の様々な現象には数式で書ける法則というものがある。たまたま持っているリンゴを手から離し何秒後に地面に落ちるかは自然界に普遍的な法則というものがあるために紙の上で計算をするだけで実際にやってみなくても分かってしまうことなのだ。
そしてなんとリンゴが地面に落ちる運動と地球が太陽を公転する運動は同質の数式で書けてしまう。それを探求してゆくのが物理学という学問であり今作において彼女らが計算に用いていたのももちろん物理学(&数学)だ。
{7E81D802-422D-4696-A0E7-3EB71BCF3FCE}
ひとえに物理学とはいっても対処がこの広い自然界である以上、様々な分野に分かれるがその中で最も基本的かつ重要なのが力学だ。ロケットの軌道計算などは力学の考えを用いるもので力と運動の関係について探求する分野が力学といえる。
ニュートンが大成した力学にはひとつの重要な方程式があり高校で物理を習えば必ず覚えることになる運動方程式と呼ばれるものだ。
{4A4EE893-012A-4121-B376-AD6088051132}おっと、数式が出てきたからといってノイローゼにならないで欲しい。
少し説明をする上でいくつか言葉の整理をしよう。力を加えたら物体が動くよというだけの方程式なのだが大事なのはこの方程式は微分方程式だということだ。”微分”という言葉はその方程式の種類を限定しているものだと思えばいいし別に言葉はなんでもいいので一気にダサくなるけれど田中方程式といってもいい。そして最終的な目的の答えを出すことをこの微分方程式を解くという。
なぜわざわざこの運動方程式を紹介したかというと、宇宙船の軌道計算などをする際にはこの運動方程式を用い現象を微分方程式で表すことで運動を解析しようとするからだ。つまり微分方程式を解くことで目的の物体の軌道なり速度が出てくるということになるわけだ。
 
{049F132E-BED1-4DFD-8812-A483EB6098E6}


さて、身の回りの様々な現象は微分方程式で表すことができる!車のガタガタした振動に関する方程式、トイレットペーパーの減っていく半径に関する方程式、あなたがスカイダイビングをしていればあなたの落ちる速度に関する方程式、そして宇宙船の軌道に関する方程式‥それら全て微分方程式として書けてしまう!
そう!彼女らがどうにかして解こうと奮闘していた方程式も微分方程式だ!だがひとつ困ったことがある。解ける微分方程式にはいくつもの”解き方”があるのだがなんと微分方程式には答えがあるというのに理論的に解けない微分方程式もある。
解けない微分方程式をどう解くのかが問題になってくるわけだ。
 
 
 
 
【映画”ドリーム”とオイラー法】
{6F4E91E2-CAB9-4648-8306-322288AD5926}
「バスケ部5人の中から部長と副部長を決める方法は何通りか?」という問題に論理的に答えるならば5人の中から部長を決めるのは5通り、また1人を部長にして残りの中から副部長に決める方法は4通りなので5×4=20通りだ‥と答えることが出来る。そしてこれは場合の数をいちいち間違えることなく数えることが出来れば、多少めんどくさいが20通りとこれまた答えることが出来る。前者のやり方を理論的、後者のやり方を数値解析的と呼ぶことにしよう。
解けない微分方程式というのはあくまで理論的にという枠組みの中でだ。つまり理論的に解けないのであればめんどくさいが数値解析的に解くほかない。そしてそのような微分方程式を数値解析的に解く最も古典的でシンプルな方法をオイラー法と呼ぶ。そうやっとここまで来たわけだ‥
さてもう一度今回のシーンに戻ろう。

ここまでで大体オイラー法というのがなんとなくだが理解出来たはずだ。理論的に解けない微分方程式を数値解析的に解くための手段なわけだった。おお!頭良さそうに聞こえる!
次に問題となるのがこのオイラー法が本当に使われたのか?という問題なのだが、実はそもそも今作は実話とは言いつつも結構話に脚色がついている部分がいくつかある。例えば舞台は1961年の設定として描かれているがその当時には既に”黒人用トイレ”といった白人と黒人を分けた設備は無くなっていた。NASAの前身のNACAがNASAに変わった時にそういった設備を無くしたそうだ。さらにメアリー・ジャクソンが実際に工学の課程を取ったのも1958年らしく裁判所に直談判したという話は実際には無かったし、最後ジョンソンにIBM(巨大パソコン)の計算が正しいかどうか検算させるシーンがあったがあんなに時間ギリギリだったわけではなく数日前から検算を始めていた。これは僕が観ていてもこんなギリギリな筈がないだろうと明らかだった。それに関しては以下のサイト(英語)が詳しい。
{63E41114-C26F-4C1F-BDC6-6B3342481330}

結論から言うとオイラー法に関する部分も話に尾ひれが付いている。NASAの公式レポートを見てみてもこれはオイラー法を使っているというより反復法を行っているような感じだ。ジョンソン1人がハッと閃いて奇跡的に計算が上手くいったかのように作中では描かれていたが、ジョンソンは確かに宇宙飛行士の回収ポイントの導出計算においてNASAに貢献をしたのは事実だがあくまでもNASA全体のチームの一員としてということを忘れないで欲しい。

別にジョンソンらがやり遂げだことは実は凄くないことだ!とかそういうことが言いたいわけではない。今作を真面目に受けとりすぎると「ジョンソンら以外の職員の大半は嫌なやつでその当時のNASAは彼女らの才能を見抜けず阻害していただけじゃないか‥!」と思ってしまうがそうではない。今作は彼女らを主役にしすぎたあまりにそういった誤解を生じさせる危険が少なからずある。しかし映画表現としては仕方ない部分も多くなんとも難しいところでもあるのだ‥。
{D503FC93-619B-438A-8F63-5557835AA99B}
さんざん色々なことを言ったが今作は始めて劇場で涙を流した映画だ。基本的に泣かない僕も彼女らの演技を通してこちらに伝わってくる情熱にやられてしまった。素晴らしい映画に出会えたことを感謝したい!

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です