“フェルマーの原理”から紐解くSF超大作『メッセージ』。物理学者はこの映画をどう観るのか?

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メッセージ

ある日、突如として地球上に降り立った巨大な球体型宇宙船。言語学者のルイーズは、謎の知的生命体との意思疎通をはかる役目を担うこととなり、“彼ら”が人類に何を伝えようとしているのかを探っていくのだが……。主人公ルイーズ役は「アメリカン・ハッスル」「魔法にかけられて」のエイミー・アダムス。その他、「アベンジャーズ」「ハート・ロッカー」のジェレミー・レナー、「ラストキング・オブ・スコットランド」でオスカー受賞のフォレスト・ウィテカーが共演。(映画.comより)
月日は本当に早いもので既に公開から6ヶ月経ったわけで、実は僕は今のところまだ今年の個人的映画作品一位はこの『メッセージ』だ。劇場で観たその日に本屋で原作を買い、帰りの電車で読み切ってしまう程にとにかく面白かった。後に説明する「サピア・ウォーフの仮説」といった言語学や物理学に人一倍興味があった分、人よりも楽しむことが出来たのかなと今考えてみるとそう思える。
さて、その原作を読んでみると少しプロットが違うことが分かる。映画の方は「サピア・ウォーフの仮説」という仮説を基盤とし、言語学的な側面を全面に押し出したものであったが、原作では「フェルマーの原理」という光学における基礎原理から物語が出発し、より物理学的な側面が強いものとなっている。
そして映画版であっても小説版であっても主人公の行きつく先は同じだ。そこまでの道中で「時間」というテーマに対する切り口が異なるということだ。
それならそれら2つの方向から今作『メッセージ』を捉えてみるのも面白そうだ。というわけで「サピア・ウォーフの仮説」及び「フェルマーの原理」について考察していこう。
サピア・ウォーフの仮説とは?
 
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まさに言語学者っぽい顔だ(偏見)。なおより詳しくは昔の記事に書いたのでこちらを参照して欲しい。

「自身が用いる言語によってその思考が決定される」というのが言語学者のサピア・ウォーフが唱えた仮説だ。実際には色々な立場があり、ひとえにサピア・ウォーフの仮説といっても様々な言い方があるのでそこは悪しからず。とはいえ簡単に言えば言語が変われば見える世界が変わるだろうということだ。
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主人公の言語学者ルイス・バナーは来訪した宇宙人の言語を学ぶことで宇宙人の視点に立った世界像が見えるようになる。宇宙人らが用いていた言語は非線形言語と呼ばれる言語で時間の一方向性が無い。それは過去と現在、未来を同時に知覚するということでルイスはその能力を徐々に開花させていく。
序盤の娘が亡くなるシーンも過去の回想かと思いきや実は未来の映像だったわけだ。作品全体が非線形となっていてルイス自身を象徴していたということになる。
そしてその娘はHannahという回文(新聞紙と一緒)の名前で、これも時間の非線形性を示している。時間は過去から未来へと流れていく、というのは”我々”にとっての常識だけれど、ここでは時間が未来から過去へ流れていくことも考えているということだ。
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他にも興味深いところはたくさんあるが、次の「フェルマーの原理」が本題なのでここらへんにしておこう。

数学者フェルマーが遺した原理
 
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17世紀のフランスの数学者ピエール・ド・フェルマーの業績は「フェルマーの原理」よりも「フェルマーの最終定理」の方で有名かもしれない。フェルマーの最終定理と呼ばれる定理は約360年の時日を経て、1994年に数学者アンドリュー・ワイルズによって証明された。

 あれ?フェルマーが証明した定理じゃないの?と思うかもしれないが彼はその定理を示しただけでそれが成立するかの証明は行っていない。というか死後発見された彼のノートにはこう書かれていた。–––「私は(この定理の)驚くべき証明方法を見つけたが、それを書き記すにはこの余白は狭すぎる。」–––
彼はこの言葉を書いた後に証明することなく亡くなってしまい、その驚くべき証明方法は永遠に分からずじまいとなってしまった。
この逸話は数学界の中では超有名な話なのでせっかくだったから紹介をした。
光とフェルマーの原理
フェルマーの最小時間の原理とも呼ばれるが、大まかな意味は「光は進むのにかかる時間が最小になる経路を通る」といえる。さてこれはどういうことを示唆するのか考えてみよう。
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音は空気の振動として伝わっていくが、光とは光子と呼ばれる小さな粒が直進していくイメージだ。電磁波の波としての光というイメージも同時に正しい。また実際にはフェルマーの原理では光を光線として捉える。

つまり光は他に邪魔するものが無い方が速く伝わることになるので真空中での光が最速でその速さは約秒速30万kmである。大体1秒間で地球7周半というのも有名な例だ。
さて、その光の経路に関する原理がフェルマーの原理である。
光について説明をし続けても教科書のようになってしまうのでもう少し分かりやすい例で考えよう。
光の屈折というのをご存知だろうか?光は異なる媒質中を進むとき–––例えば空気と水など–––その境界面でクッと曲がる。そのような現象を光の屈折といい、小学校の理科で習った覚えがあるかもしれない。無かったらドンマイだ(煽り)。
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slideshareより引用

さて図のような状況を考えよう。あなたは浜辺で優雅に日光浴を楽しんでいた。そしたら「助けてくれ〜」と何処かから声が聞こえてくる‥‥あぁ!まずい!誰かが溺れているみたいだ!幸いあなたは泳ぎに自信があったので助けに行くことにしたとしよう。しかし今あなたは浜辺にいる。溺れている人を助けるためには出来れば最短の時間で行きたい。行きにコーラでも買っていくような余裕はないのだ。さて、溺れている人まで辿り着くような経路の内最もその所要時間が最小となるような経路はどのような経路だろうか?
直線––––と答えたあなたは惜しい!良い線いってるがきっと海の中では人は地上のようには進めず遅くなる‥という事実を見逃している。

あと浜辺の方が速く進めるからと言って岸と平行に走ってもダメだ。それはただの馬鹿だ。
これには上手い塩梅の経路をとる必要がある。それは上図のような微妙に折れ曲がった線となるだろう。浜辺の分を長くし、海の分を短くし、さらには全体として長すぎないように経路を調節している。
 
※高校レベルの数学の知識(数III)があれば適当に座標軸を設定し、微分法を用いることで実際にスネルの法則を導くことが出来る。そしてより一般的には変分法を用いることになる。
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話を光に戻すと、そう!こんな風に光は違う物体を通るとき曲がるのだ。それは光が「その所要時間を最小にするような経路」を選択するからだと説明が出来る。

しかしこれはちょっとおかしく無いだろうか?
なぜ光はその所要時間が最小となるような経路を間違わずに取れるのだろうか?光は計算しないだろうから、その経路が最小となるかどうかなんて実際に走ってみないと分からないじゃないか。先の溺れた人を助ける例でも、実際にその人が最小時間の経路を取ったかは他の経路で同様に試してみないと分からないものだ。
しかし人間の感覚とはズレていてもこの原理は正しいと言える。なぜなら屈折の例だけでなく、光の様々な振る舞いがこの原理で上手いこと説明がつくからだ。
これがどう「メッセージ」と繋がっていくのだろう?
フェルマーの原理とヘプタポッド
 
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光が最小時間の経路を予め知ったような動きをとるのは、光にとって過去も未来も現在と同じようなものだからではないか?と考えたら面白い。さらにそのフェルマーの原理から出発した物理学があれば––––その物理学は今我々人間が使っている物理学とはかけ離れた全く別種のものとなるかもしれない。原作者テッド・チャンはそんな風に考え、光の因果関係に縛られないそんな原理を第1とする生命体がいたら‥?そしてそんな生命体が人間と接触し、人間もそのような考え方が出来るようになったら‥?

おお!「サピア・ウォーフの仮説」、「フェルマーの原理」どちらの場合も行き着いた先が一緒だ!
加えると実は映画の方でもフェルマーの原理について少しだけ言及していた。理論物理学者のイアンが「我々の物理学や簡単な代数計算から話した数学にはてんで反応しないくせに、フェルマーの原理には反応を示した。これは凄いことだ。僕らにとってフェルマーの原理というやつは数式で書くと難しいんだ。でも彼らにとっては単純なことらしい。ちょうど僕らが簡単に代数の計算をやるようにね。」とおぼろげながら言っていたのを覚えている。
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これ以上の説明は野暮というものだろう。「メッセージ」という作品は言語学SFでもあり物理学SFでもある。様々な側面を持ったこの作品はまだまだ議論の余地があるだろう!

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